「何をやるか」より「誰とやるか」が先に決まる順番
普通、事業の話は「こういう企画を一緒にやりませんか」と内容から始まることが多いと思います。
こちらの提案を聞いて、相手が乗るか乗らないかを判断する。よくある形だと思います。
けれど、最近自分のところで起きている連鎖は、順番が少し違います。
まず「一緒にやりたい」が先に来る。中身はこれから一緒に決めていく。なんなら、何をやるかも、まだ何も決まっていない。
この順番が、自分にとっては理想の形なんだろうなと感じています。
具体的な企画から入ると、合うか合わないかが先に判定されてしまいます。けれど「一緒にやりたい」が先に来てくれると、合う形を一緒に探していけそうな余白が残ります。
同じ「組みましょう」でも、入り口が違うだけで、その後の関係の作り方がだいぶ変わってくる気がしています。
なぜそういう順番で来てもらえるのか、自分なりに考えていること
正直に言うと、特別なことをしてきたつもりはありません。
ただ、振り返ってみると、いくつか自分の中で守ってきたことがあるのかもしれないと感じています。
ひとつは、言葉より先に行動で示そうとしてきたことです。
「やります」と宣言するより、いつの間にかやってある状態のほうが、相手にとっては受け取りやすいんじゃないかと考えています。約束を増やすのではなく、結果のほうを先に置く。そういう順番を意識してきました。
もうひとつは、支える側に回ると先に決めて動いてきたことです。
主役の隣で動く位置にいると、相手の手柄を自分の手柄にしないで済みます。自分が前に出る必要がないので、相手も安心して頼ってきてくれるのかもしれません。
これに近い話で、以前ある方から「石橋さんは、マネージャー的な立場が向いているのかもしれませんね」と言ってもらったことがあります。
その言葉が自分の中に残っていて、最近は意識的にそういう動き方を選んでいる部分もあるように思います。前に立つ役よりも、まわりの動きをうまく回す位置にいるほうが、自分の力が活きやすいのかもしれません。
そして、報告と共有を欠かさないこと。
「実はこういうのを進めています」「先日こういう話がありました」と、結果の前段から共有していく。後だしじゃんけんにならないように、進行形の段階で見せておく。これも自分なりに意識してきた部分です。
先に決めると、後から関係が追いついてくる
「この人を支える」「この人のためになることをやる」と、先に自分の中で決めてしまう。
そうすると、不思議と後から関係のほうが追いついてきてくれることがあります。
逆だと、関係を確かめてから動こうとしてしまって、結局なにも動かないままになりやすい。
順番として「先に決めて、行動で示す」のほうが、自分には合っているのかもしれません。
連鎖の動力源だと、自分が思っていること
「与えれば返ってくる」という言い方がよくされますが、自分の感覚ではちょっと違うように感じています。
もう少し正確に言うと、「ありがとうを返したくなる関係」のほうが続いていく、という感じです。
取引のように与えたものと返ってくるものを数えていると、どこかでバランスが崩れたときに関係が止まります。
そうではなくて、お互いに「あの時ありがとうございました」と何度でも言いたくなる関係のほうが、自然と長く続いていくように感じています。
もうひとつ、思っていることがあります。
一緒にやれる相手を自分から選ぶよりも、選んでもらえる側になるほうが、ずっと難しいということです。
選ぶのは比較的簡単なことで、こちらの基準で決めればいい話です。
けれど選んでもらえる側になるには、相手の中で何かが積み上がっている必要があります。それは一回の打ち合わせや一本のメッセージでは作れないものなのかもしれません。だからこそ、選んでもらえたときの嬉しさは、選んだときの何倍にもなる気がしています。
仕組みは、1人では作れない
連载の中で何度か「仕組みを一緒に作る」という話を書いてきました。
あらためて思うのは、仕組みは1人では作れない、ということです。
誰かの得意と、自分の得意が組み合わさってはじめて、動くものができる。
「一緒にやりたい」と言ってもらえる連鎖が起きているのは、自分一人でできることの限界を、まわりの方々が見透かしてくださっているからなのかもしれません。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。